東京地方裁判所 平成4年(ワ)19679号 判決
原告
藤田十四郎
右訴訟代理人弁護士
柴崎伸一郎
被告
大塚知敬
右訴訟代理人弁護士
藤田正人
同
辻惠
被告
株式会社日東ビルサービス
右代表者代表取締役
飯田惠久
右訴訟代理人弁護士
中村市助
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、原告に対し、各自、別紙物件目録二記載の建物部分を明け渡し、同目録一記載の建物に取り付けた同目録三及び四各記載の各看板及びクーラー室外機を撤去し、かつ、平成四年三月一五日から右明渡済みまで月額金一一万円の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 被告ら
主文同旨
第二 当事者の主張
一 原告の請求原因
1 原告は、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。
2 原告は、被告大塚知敬(以下「被告大塚」という。)に対し、別紙物件目録二記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を、昭和五七年三月一五日からは、賃料を月額金六万五〇〇〇円、期間を五年として、昭和六二年三月一四日からは、賃料を月額金七万五〇〇〇円、期間を五年として、賃貸していた(以下「本件賃貸借契約」という。)。
3 被告大塚は、昭和五八年秋ころから、被告株式会社日東ビルサービス(以下「被告会社」という。)に本件建物部分を転貸し(以下「本件転貸借契約」という。)、被告会社は、現在、本件建物部分を占有し、また、被告らは、本件建物に別紙物件目録三及び四各記載の各看板(以下「本件各看板」という。)及びクーラー室外機(以下「本件室外機」という。)を取り付けている。
4 原告は、被告大塚に対し、平成四年四月八日到達の書面により、右転貸を理由として、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。
5 平成四年三月一五日以降の本件建物部分の賃料相当損害金は月額金一一万円である。
6 よって、原告は、被告大塚に対しては、本件賃貸借契約解除による原状回復請求権に基づき、被告会社に対しては、本件建物所有権に基づき、各自、本件建物部分の明渡し、本件各看板及び本件室外機の撤去並びに平成四年三月一五日から右明渡済みまで月額金一一万円の割合による賃料相当損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否
1 被告大塚
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 請求原因2の事実は認める。
(三) 請求原因3のうち、被告大塚が被告会社と本件転貸借契約を締結した事実、被告会社が、現在、本件建物部分を占有している事実、被告大塚が本件建物に本件室外機を取り付けた事実は認め、その余の事実は知らない。
(四) 請求原因4の事実は認める。
(五) 請求原因5の事実は否認する。
2 被告会社
(一) 請求原因1の事実は認める。
(二) 請求原因2のうち、原告が被告大塚に対し本件建物部分を賃貸していた事実は認め、その余の事実は知らない。
(三) 請求原因3のうち、被告大塚が被告会社と本件転貸借契約を締結した事実、被告会社が、現在、本件建物部分を占有している事実、被告会社が本件建物に本件各看板を取り付けた事実、被告大塚が本件建物に本件室外機を取り付けた事実は認める。
(四) 請求原因4の事実は認める。
(五) 請求原因5の事実は否認する。
三 被告らの抗弁
1 被告会社は、昭和五八年九月ころから、本件建物において、その名を記載した看板を掲げて営業をしているところ、原告及びその妻は、本件建物二階に居住し、被告会社から本件賃貸借契約の賃料を直接受領し、さらに、被告大塚が被告会社の共同経営者でないと知った後である平成四年三月末ころ、同年四月分の賃料を直接受領することにより、本件転貸借契約について明示又は黙示で追認した。
また、被告会社は、被告大塚が原告に対し被告会社の共同経営者であることを装っていた事実を知らなかったから、原告は本件賃貸借契約の解除を被告会社に対抗できないと解すべきである。
2 原告は、平成四年三月一六日、被告会社に対し、本件建物部分を賃料月額金八万円として期限を定めずに貸し渡した。
四 抗弁に対する原告の認否
1 抗弁1のうち、被告会社が本件建物にその名を記載した看板を掲げている事実、原告及びその妻が本件建物二階に居住している事実は認め、その余の事実は否認する。
原告は、被告大塚から、同人が被告会社の共同経営者である旨の虚偽の事実を告げられたため、被告会社が本件建物部分を使用するのもやむを得ないと考えていたにすぎない。
なお、平成四年四月分の賃料は、原告の妻が、これを受領してよいものか否か分からなかったので、仮に預ったものであり、同女は、事情を聴いた原告の指示を受けて、直ちに被告会社に返還した。
2 抗弁2の事実は否認する。
第三 証拠関係〈省略〉
理由
一請求原因1について
請求原因1の事実は全当事者間に争いがない。
二請求原因2について
請求原因2の事実は、原告と被告大塚との間において争いがなく、原告と被告会社との間においては、原告が被告大塚に対し本件建物部分を賃貸していた部分は争いがなく、その余の部分は〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。
三請求原因3について
請求原因3のうち、被告大塚が被告会社と本件転貸借契約を締結した事実、被告会社が、現在、本件建物部分を占有している事実、被告大塚が本件建物に本件室外機を取り付けた事実については、全当事者間に争いがなく、被告会社が本件建物に本件各看板を取り付けた事実については、原告と被告会社との間においては争いがなく、原告と被告大塚との間においては弁論の全趣旨によりこれを認めることができるが、その余の事実については、これを認めるに足りる証拠はない。
四請求原因4について
請求原因4の事実は全当事者間に争いがない。
五抗弁1について
1 抗弁1のうち、被告会社が本件建物にその名を記載した看板を掲げている事実、原告及びその妻が本件建物二階に居住している事実は全当事者間に争いがなく、右争いがない事実に、前記二ないし四の事実、〈書証番号略〉、原告及び被告大塚各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 被告大塚は、昭和五二年、原告と本件賃貸借契約を締結の上、本件建物部分において、ラーメン屋を経営し、昭和五八年からは、ゲーム喫茶を経営していたが、右ゲーム喫茶に客として来店した被告会社代表者と知り合い、昭和五八年九月、原告の事前の承諾を得ることなく、被告会社と本件転貸借契約を締結し、被告会社は、そのころから、本件建物に被告会社の名を記載した看板を掲げて、本件建物部分でビル清掃業等の営業を開始した。
(二) 被告大塚は、本件賃貸借契約更新時期である昭和六二年三月、原告に対し、被告会社代表者を紹介し、原告の承諾を容易に得るため自分は被告会社の役員である旨述べた上、原告と被告会社との間で直接賃貸借契約を締結してほしい旨申し入れたが、原告が被告大塚名義の契約でなければ応じない旨述べたため、結局、原告と被告大塚は本件賃貸借契約を更新することとし、被告会社代表者が原告に対し更新料を直接支払った。
(三) 被告大塚は、本件転貸借契約締結後右更新前は、月に一度、賃料を支払うために、東京都中野区に存する自宅から本件建物二階に存する原告方へ赴いていたが、右更新後は、被告会社が原告に対し本件賃貸借契約の賃料を直接支払うようになったため、本件建物を訪ねることはほとんどなくなった。
(四) 原告は、被告会社が本件建物部分を使用するようになった後、右使用に異議を唱えたことはなかったが、平成四年初めころになって、被告大塚が被告会社の共同経営者でなくなったのではないかと思うようになり、本件賃貸借契約更新時期である同年三月一五日、被告大塚を呼び問い質したところ、被告大塚が共同経営の話は虚偽であったことを認めたため、同人に対し、本件賃貸借契約の更新を拒絶する旨伝え、さらに、同月二五日、同人から共同経営の話が虚偽であったことについて確認書を徴した。
(五) 被告会社は、平成四年三月一六日、原告方に同年三月後半分の賃料金四万円を持参し、同年三月三一日、原告方に同年四月分の賃料金八万円を持参し、いずれの際も、原告の妻に交付するとともに、前者については大塚宛ての仮領収書を、後者については被告会社宛ての領収書をそれぞれ受領した。
(六) 原告は、平成四年四月一日、妻に被告会社へ右賃料を返還に行かせ、その後、右仮領収書及び右領収書の返還を受け、さらに、同月六日、被告大塚に対し、本件賃貸借契約を解除する旨を記載した内容証明郵便を発信し、右郵便は、同月八日、被告大塚に到達した。
(七) 被告大塚は、本件建物部分を使用している間、早朝まで音楽をかけるようなこともあったが、被告会社が本件建物部分を使用するようになってからは、右のようなことはなく、本件建物部分の使用方法等賃貸借契約上の事項に関して、原告と被告会社の間で問題が発生したことはない。
なお、原告は、被告会社代表者について、本件建物付近の住民から暴力団員らしき人を町内に入れないでほしい旨言われた旨供述するが、同人が本件建物付近の住民に対し具体的に迷惑をかけた事実を認めるべき証拠はない。
2 右認定事実によれば、原告は、昭和六二年三月の本件賃貸借契約更新の際、被告大塚とは法律的に別人格である被告会社が本件建物部分を使用すること自体は容認したものであって、これにより、被告大塚と被告会社との間の本件転貸借契約を追認したというべきことが明らかであるところ、原告の右追認の動機には、原告が、被告大塚から同人が被告会社の役員である旨の虚偽の事実を告げられたため、同人が被告会社の共同経営者であると誤信したことが存するというべきである。
そして、被告大塚は、原告の追認等を得るのを容易にするための便法として右虚偽の事実を告知し、また、被告会社代表者もその場に居合わせながらこれを否定しなかったのであって、右両名の行為は道義的に問題がないとはいえないところである。
しかしながら、原告の誤信の内容は、被告会社が被告大塚の全くの個人会社であるというものではなく、同人が共同経営者の一人であるというに止まるものであるところ、被告大塚は、前記虚偽の事実の告知と同時に、原告に対し被告会社代表者を紹介していること、被告大塚は賃借人たる地位(すなわち、賃料の支払や被告会社の本件建物部分の使用方法について責任を持つべき立場)に止まったこと、一般に、会社の役員構成は必ずしも恒久的なものではなく、特にいわゆる共同経営の場合は尚更であること等にかんがみれば、原告の本件転貸借契約追認の動機において前記誤信が存したことは、原告の主観においてはともかく、賃貸借契約の要素という観点から客観的にみた場合には、右追認の効力を否定するほどの事情とはいい難い。
さらに、右追認の前後を通じて、被告会社の本件建物部分の使用状況等に原告との信頼関係を破壊すべきものは特段存せず、むしろ、被告大塚自身が使用していた時よりも良好なのであって、仮に、被告会社代表者が暴力団員であるとしても、被告会社自体は通常の営業活動をしており、また、被告会社代表者が原告又は付近住民に対し迷惑を及ぼす行為をしたわけではないことに照らせば、右追認から約五年を経過した時点において、遡って右追認の効力を否定することは、一層困難というべきである。
3 結局、本件転貸借契約には原告の有効な追認があったというべきであり、また、前認定事実によれば、原告は、被告大塚又は被告会社が本件建物に本件室外機又は本件各看板を取り付けたことについて、本件賃貸借契約又は本件転貸借契約の追認に付随して、黙示的にこれを許諾していたものと解されるから、被告らの抗弁1は理由がある。
六結論
以上によれば、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官畑一郎)
別紙〈省略〉